名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(行コ)2号 判決 1968年2月28日
控訴人(原告) 畑仲石一
被控訴人(被告) 福井税務署長
訴訟代理人 川本権祐 外四名
主文
一、原判決をつぎのとおり変更する。
二、控訴人の請求中、
(一) (三)の所得の性質に関する確認の訴を却下する。
(二) (一)及び(二)の各行政処分取消の請求を棄却する。
三、控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一、申立
控訴代理人は、
「原判決を取消す。
(一) 被控訴人が控訴人に対してなした昭和三四年二月一七日付昭和三〇年分所得税の再更正、同月一三日付昭和三一年分所得税の更正(昭和三五年四月一一日付誤謬訂正により一部減額したもの)、同月一七日付昭和三二年分所得税の再更正及び昭和三五年四月一一日付再々更正の各処分中、営業所得昭和三〇年分金五〇七、二四〇円、昭和三一年分金二八、三二四、四〇〇円、昭和三二年分金七、八〇五、六六一円とある部分はいずれもこれを取消す。
(二) 被控訴人が控訴人に対してなした昭和三四年二月一三日付昭和三〇年分所得税の重加算税額一一〇、五〇〇円の、同日付昭和三一年分同税額八、九八二、五〇〇円(昭和三五年四月一一日付誤謬訂正により減額したもの)の、昭和三四年二月一七日付及び昭和三五年四月一一日付昭和三二年分同税額一、八三一、五〇〇円の各決定はいずれもこれを取消す。
(三) 控訴人が昭和三〇年四月一一日から昭和三二年三月二七日までの間、福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において決済をした人造絹糸の差金取引による所得は、旧所得税法(昭和四〇年三月三一日改正前の所得税法、以下旧所得税法という。)第九条第一項第九号に該当する所得であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決を求め、
被控訴代理人は、
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決を求めた。
第二、主張
当事者双方の主張は、控訴代理人において、次のとおり述べたほかは、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
一、本件清算取引の実態
福井人絹取引所における人造絹糸の清算取引の売買数量及び受渡数量の単位は、本件清算取引の行われた当時においては、四〇〇封度であつて、取引の迅速明確を期する建前上右四〇〇封度を一枚といい、商品のことを玉とよんでいたもので、売玉何枚、買玉何枚という風に使用されていた。そして清算取引を行うものは予め買(強気)で勝負するか、売(弱気)で勝負するかを決めるが、極めて複雑な駈引が行われるため、自分が強気か弱気かは絶対秘密にしておく必要があり、一、〇〇〇枚からの玉を建てる場合は、少くとも五〇名位の仮空名義を使用しなければ、ならないし、又買で勝負する場合に於ても、犠牲玉として売を建て相手方を偽する必要がある。
又長期にわたる勝負をする場合にも売を建て一時の損害をカバーする必要に追られる。このように清算取引における外形的売買の反覆継続はその都度の売買差益金をその都度考えるものではなく、一定の時期における勝負をねらうための手段にすぎない。清算取引の金額が大きい点よりすれば、丁半賭博以上の危険を伴う賭博であり、勝負に負けた相場師が自殺する例も多いのはそのためである。福井税務署員は人絹糸の清算取引の恐ろしさを充分知つているが故に従来清算取引について益があつても税金を納める必要はない。その代り損があつてもその尻を税務署に持ち込まないように行政指導をしてきたのである。このような人絹糸の清算取引の恐ろしさ、賭博性の実態を重視すべきである。
二、本件所得の性質
一時所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得以外の所得で営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得である。定型的な所得源泉を有しない偶発的所得がこれに含まれる。そして営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得とされないから、以上八種類のいずれにも該当しないときは雑所得となる。又営利を目的としない場合でも継続的行為から生じた所得は、一時の所得という概念に当てはめ難いから同じく雑所得と考えられる。このように税法で一時の所得といつているのは、その所得の性質が規則的継続的に発生するものではなく、不規則的、偶発的に発生するものを指している。その所得の性質が一般的に考えて不規則性、偶発性を有するときは所得する人の側からみて、連続的傾向を有していても、これを一時所得と考えてよいし、これに反してある所得の性質が一般的に規則的、継続的な性質を有しているときは、ある特定の人における所得の帰属が臨時的傾向を有していても一時の所得とはしないと結論される(忠佐市著、租税法要論)。
而して本件清算取引による所得は、一般的客観的にみて、不規則性、偶発性があると考えられる。従つてこのような場合、所得する人の側からみて連続的傾向を有していてもこれをなお一時所得と考えるのが正しい。即ち本件の所得は、一般的、客観的にみて不規則性、偶発性を有するものであるから、控訴人の側からみてたまたま連続性があつたとしても、そのことにより偶発性、不規則性が変容するものではなく、本件所得は一時所得であるとの結論に到達せざるを得ない。
しかも前述の如く本件取引の実態に照せば、外形的に売買の回数が増えても、普通商品の売買の如く売買の都度の利益を考えて行うものではなく、目的に到達するための手段に過ぎないものであり、外形的に表れた取引の回数によらず一勝負を一取引と見なければならない。従つて一般商品の取引と同一観念で清算取引の回数継続性を考えて本件取引による所得の連続性、継続性を認めることは誤りである。
三、税法の解釈
本件所得の種類認定は極めて困難であるにも拘らず、その所得の種類を決定する法律の規定なく、且つ通達も出されていない。また本件の如き所得について申告ないしは課税の実績もない。ところで税法の解釈に当つて守らなければならない大原則は、租税法律主義と租税平等主義である。租税はいわゆる立法事項であり、国民は納税義務を租税法の定める通り負担し、法律によらずに恣意的にその負担の限度を拡大し、又反対に縮少することを許さない。従つて税法を解釈するに当つては、納税義務の負担の限度の拡張、及び縮少をきたす如き解釈や、恣意的な解釈は許されない。
本件においては、清算取引がいかなる段階から事業として取扱われるについては明文の規定、通達なく、且つ課税の実績がないのであるから、納税者にとつて最も負担の少い一時所得の限度で責任を負わしめることが最も合理的であり、相当である。要は法令の欠陥であり立法手続を急ぐべきである。徴税の事務面においては、「疑わしきは徴税する」とのいわゆる国庫主義が支配しているが、むしろ「恐わしきは徴税せず」との原則によるべきである。
以上の点よりするときは、本件所得の種類を決定するに当り、所得税法施行令第二六条を補充解釈の参考にしたり、右規定を類推適用したりすることはまさに租税法律主義に反する。有価証券取引に関する右施行令の如き規定が、本件清算取引に関してない以上その所得は、事業所得とみて徴税することはできない。
四、なお控訴人が昭和三〇年、同三一年、同三二年度において、被控訴人主張の金額の所得を得たことは認める。
第三、証拠<省略>
理由
第一、本件更正処分等取消の訴について、
一、被控訴人は、控訴人に対し、昭和三〇年、三一年、三二年度分の所得税に関し、昭和三四年二月一三日付をもつて別表(一)乃至(三)の各更正額欄記載のとおり更正並びに重加算税額徴収の各課税処分をなし、ついで同年同月一七日付をもつて別表(一)及び(三)の各再更正額欄記載のとおり再更正の各課税処分をなし、さらに昭和三五年四月一一日付をもつて、別表(二)の誤謬訂正額欄及び同(三)の再々更正額欄記載のとおり、誤謬訂正及び再々更正の各処分をしたこと、及び控訴人は、右処分に対し、昭和三四年三月七日金沢国税局長に対し、審査請求書を提出し、同書は同月九日受理されたが、三箇月以上を経過しても裁決処分がなされなかつたことは当事者間に争いがない。
二、(一)控訴人が昭和三〇年四月一一日から昭和三二年三月二七日までの間に福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において決済した人造絹糸の先物取引(以下本件清算取引という)により昭和三〇年中に金五〇七、二四〇円、昭和三一年中に金二八、三二四、四〇〇円、昭和三二年中に金七、八〇五、六六一円の所得を得、その他右各年度中に別表(一)乃至(三)記載の給与所得、農業所得、配当所得を得たこと、及び被控訴人は控訴人の右清算取引による各所得を事業所得(営業所得)に当るとして所得税額を算出したことは当事者間に争いがない。
三、(一) 清算取引の内容
商品取引所法によると、綿花、綿糸、人造絹糸その他一定の商品の価格の形成及び売買その他の取引を公正にするとともに商品の生産及び流通を円滑にし、国民経済の適切な運営に資する目的のもとに商品取引所の設立が認められており(第一条)、この商品取引所においては一種又は数種の商品の先物取引を行うために必要な市場が開設される(第七条)。そして右商品市場における売買取引は、その市場を開設する取引所の会員であつて、当該商品市場に上場する商品の売買等を業として営んでいる者でなければできないが(第七七条)、右取引所の会員であつて同法により商品仲買人として登録された者は業として他人の委託を受けて商品市場において売買取引をすることができることになつている(第四三条)。そして右商品市場における先物取引とは、売買の当事者が商品取引所が定める基準及び方法に従い、将来一定の時期において当該売買の目的物となつている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であつて、現に当該商品の転売又は買戻をしたときは、差金の授受によつて決済をすることができるものをいう(第二条)。
成立に争いのない乙第三〇、第三一号証の各一乃至四によると、右商品取引所法に基いて、福井市に福井人絹取引所が、また大阪市に大阪化学繊維取引所が設立せられ、いずれも、人造絹糸及び人造絹織物を上場商品と定めていたこと、そして右各取引所の定める業務規程では、先物取引は、格付先物取引又は銘柄別先物取引とし、右格付及び銘柄は、理事会が定めるものとし、売買取引の締結の方法は、(一)単一約定値段による競争売買、(二)複数約定値段による競争売買、(三)相対売買の三種とされ、格付先物取引は、単一約定値段による競争売買、及び複数約定値段による競争売買の方法により銘柄別先物取引及び実物取引は相対売買の方法によるものとされていたこと、そして取引が成立したときは、実物取引にあつては、受渡約定日に受渡しをするが、先物取引は六ケ月以内の各限月を期限とし、原則として右各月末日(一二月は二四日)正午限り目的商品の受渡しをすべきものとされ、右日時に、売方は取引所指定倉庫の倉荷証券を、又買方は受渡値段に相当する皆代金をそれぞれ取引所に差出して受渡しを行うが、商品仲買人に委託して先物取引を行つたものは、売方は、受渡日の前々日正午迄に受渡品を、買方は受渡日の前日正午までに受渡代金を仲買人に提供しなければならないとされていること、右は、先物取引によつた場合でも期限に現実に代金支払及び商品の受渡しを履行するもの(現物引渡)であるが、これに対し右先物取引の期限までに、当初買付けた商品を転売し、或は当初売付けた商品を買戻すことも許されており、このように転売又は買戻しが行われた場合は、先物引渡取引の如く期限における受渡しは行われず、差金の授受によつて決済が行われる(差金決済)こと、そして右差金の算出は、格付先物取引、及び銘柄別先物取引の別に、限月毎に行うものとし、同一会員の売付玉及び買付玉について整理、仕切を行つて差金を算出し、取引所は損となつた会員からはその損金相当額を徴収し、益となつた会員に対してはその益金相当額を交付することになつていること、従つて仲買人に委託した者は右差金決済をすべて仲買人の営業所においてこれを行うこととされていたこと等の事実が認められ、同認定に反する証拠はない。
(二) 本件取引の内容
成立に争のない乙第一、第二号証、第三号証の一乃至一二、第四号証の一乃至八、第五号証の一乃至三一、第六号証の一乃至二〇、第七号証の一及び二、第八、第九号証、第一〇号証の一乃至七、第一一号証、第一二乃至第一四号証の各一及び二、第一五乃至第一七号証、第一八号証の一乃至四、第一九号証の一乃至三、第二〇乃至第二三号証、第二六、第二七号証、第二八号証の一乃至四、第二九号証の一乃至六、並びに証人中河春吉(原審及び当審)の証言を総合するとつぎの事実が認められ、同認定に反する証拠はない。
即ち、
1、控訴人は大正五年三月小学校を卒業後、福井市内の織物販売店に勤務していたが、昭和八年一二月に福井市内において、「畑中石一商店」の屋号で原糸織物販売業を始め、またその後同種目的の会社役員をしたこともあつた。そして昭和二五年三月三一日福井市に資本金一〇〇万円(その後金一八〇万円に増資)の「株式会社畑中石一商店」を設立し、その代表取締役になり、引続き再任されてその地位に就いていた。
右「株式会社畑中石一商店」は輸出内地向絹人絹織物卸売業、各種原糸販売業等を目的とし、また昭和二六年二月より福井人絹取引所の会員及び商品仲買人となり、その業務を行つてきた。
2、控訴人は、昭和三〇年より昭和三二年までに、架空名義にて右訴外株式会社畑中石一商店、同中央織物商事株式会社、同西出商事株式会社に委託して福井人絹取引所において、また訴外大塚屋繊維株式会社、同江口商事株式会社に委託して大阪化学繊維取引所において、それぞれ人造絹糸等の清算取引を行い、前記第一、の二の(一)記載の争なき事実の如き金額の利益を得た。
3、右取引のうち売約定に対し買戻し、又は買約定に対し転売して差金決済したものは別表(五)1記載のとおりであり、売約定に対し現物を他より仕入れて引渡し利益を得たものは別表(五)2記載のとおりである。またその委託先内訳は別表(六)記載のとおりである。以上によると控訴人が係争年度においてなした清算取引(現物引渡も含む)の回数、数量、及び利益金は、
売約定 取引回数 七〇〇回(内現物引渡 九回)
数量 二、一四六、四〇〇封度(同右三七、〇〇〇封度)
買約定 取引回数 七〇四回
数量 二、一一〇、四〇〇封度
利益金
差益決済分 三五、四四六、九七六円
現物引渡分 一、一九〇、三二五円
合計 三六、六三七、三〇一円
となり、その取引総金額は合計数億円に達することが明らかである。(各対応する売約定及び買約定を合せて一取引とみるならば前記回数は約二分の一となる。)
四、(一) 被控訴人は、本件所得は事業所得に当ると主張するのでまず、本件所得が事業所得に当るか否かにつき判断する。
(二) 旧所得税法第九条第一項第四号によると、事業所得とは、商業、工業、農業、水産業、医業、著述業、その他の事業で命令で定めるものから生ずる所得をいうものとされ、同法施行規則七条の三は第一号ないし第一一号において卸売業および小売業、製造業等一一種の事業を掲げ第一二号において「前各号に掲げるものを除くほか対価を得て継続的に行う事業」から生じた所得は事業所得に該当するとする。しかしながら、右対価を得て継続的に行う事業という場合の「事業」とは如何なるものかについてはこれを定義する規定はなく所得税法の解釈として理解しなければならないところ、右各規定によれば、「事業」は、営利を目的とする継続的行為であつて、社会通念に照し事業とみられるものをすべて含み、特に事業場を設置したり、人的物的要素が結合した経済的組織によるものであることを必ずしも必要としないし、またその者の本来の業務或いは職業としてなされる場合であると副業的なものとしてなされる場合であるとを問わないものと解するのが相当である。そして右の如く事業の概念を解釈しても何等租税法律主義、租税平等主義に反するものではない。
そこで本件についてこれを判断するに、成立に争いのない乙第三三、第三四号証、同第三七号証、証人久田重次郎の証言(原審)、鑑定人栗原元一、同田中勝次郎(各原審)、同杉村章三郎(当審)の鑑定の結果に前記認定にかかる清算取引の内容、本件取引の内容ことに本件清算取引の取引回数、取引数量、取引金額及び控訴人の経歴等諸般の事情を総合すると、控訴人が福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において昭和三〇年より昭和三一年までの間になした本件人造絹糸の清算取引は、対価を得て継続的に行つた売買取引であつて、売、買ともに各約七〇〇回、取引数量各約二〇〇万封度、取引総金額約数億円、利益約三、六〇〇万円という大量且つ反覆継続した営利目的の行為であり、社会通念上対価を得て継続的に行う事業であり、従つて本件所得は控訴人の事業所得であると認めるのが相当である。右認定に反する甲第二四号証の三ないし七、同第二五号証、及び証人佐々木秀一の証言(原審)、鑑定人石渡績、同高橋正二(各原審)、同須貝一(当審)の各鑑定の結果、並びに控訴人本人尋問(原審)の結果は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。
(三) 控訴人は、本件清算取引による所得は臨時的、偶発的、不規則的である、また右取引には主観的営利性はあつても客観的な営利性が認められない、或は又偶然性が強く賭博類似の行為であつて社会通念上事業とは認められないと主張する。そして控訴人は当該商品の取得、交付を目的としない差金の取得のみを目的として本件取引を行つた者であつて競輪、競馬と同様の賭博行為を行つたに等しい、と主張する。
しかしながら清算取引は前認定のごとく差金の授受を目的とする売買であつて価格の騰貴か、下落により損得するものであるから、、その危険度は五分五分であり、しかも価格の上下の差額分のみ損得するに比し、競馬、競輪の場合には払戻金を得るか得ないか、即ち券が当るか当らないかの危険度は、一般的には清算取引のそれよりは、はるかに高く、しかも当らない時は券代金額を損するものである。従つてその射倖性強く、清算取引との性質上の差が、ここに見出される。
もつとも後記認定のごとく商品取引所の機能上、取引する者は取引の反覆が容易であり、しかも自己の資力に不相応な金額の取引をすることが稀でないから、思惑による動きも加つて、その損得の金額も多額となり、その取引行為に投機性が強く現われることがあるが、その故をもつて清算取引の所得性質を、競馬、競輪の払戻金と同一視することはできない。
さらに、商品取引所における清算取引の内容は前記認定の如く将来一定の時期において商品及びその対価を現実に授受するように制約された売買契約であり、ただ右目的物に対し反対取引をした場合は差金で決済できるものであつて本質はあくまで商品の売買である。ただ実状において履行期が将来の一定時であることと、取引所の機構上、大量、且反覆取引が可能であり、また品目も限定されていて決済が容易であるなど集団的取引に適合するよう高度に技術化された組織、機構の特殊性から他の売買にみられない投機的な取引が行われたり、相馬師といわれる者が出るわけであるが、これ等の者の主観的動機、意図にかかわりなく、取引が行われることによつて客観的には売買契約は成立し、その取引を通じて商品の適正価格の形成という機能が営まれているのである。従つて取引者の主観的意図、動機から推して先物取引ことに差金決済取引の本質を賭博類似のものとみることはできない。又清算取引が、他の堅実な営業と比較し、営利性に不確実な点があることは明白であるが、個別的にみて各個の取引に関する利益の発生が不確実で偶発的であるからといつて、直ちに本件の如く反覆継続として大量に行つた取引まで事業性を否定することはできない。
(四) 控訴人は、本件の如き清算取引行為については地方税法上事業税の対象となつていないと主張するが、所得税法上事業所得とみられるものすべてに対し地方税法が事業税を課しているわけではなく、所得税法上事業所得となるもののうちから事業税の対象となるものを限定して課税していることが両税法の規定に照し明らかであるから、地方税法の事業税の対象となる事業の中に本件清算取引行為が掲記されていないからといつて前認定を覆すに足らない。又旧所得税法第六六条の二及び同法施行規則第六二条には、個人があらたに事業を開始し、事業場を設けまたはこれを変更若しくは廃止したときは、事業場の所在地等を記載した申告書を所轄税務署長に提出すべき旨規定されているが、右は所得調査の便宜を目的として設けられたものであり、右申告書の記載事項として事業場の所在地が掲げられていることを根拠に、事業所得にいう事業となるには事業場の存在が不可欠の要件になつていると解することはできず、前認定を動かすことはできない。
五、(一) 控訴人は、本件所得が事業所得の要件に当らないと主張するほか、積極的に一時所得に該当するとして結局本件所得は事業所得でないと争うので以下一時所得の要件との関連において本件所得の性質を改めて検討する。
(二) 控訴人は、一時所得とは定型的な所得源泉を有しない偶発的所得を指し、従つてその所得の性質が不規則性、偶発性を有するときは、所得する人の側からみて連続的傾向を有していてもこれを一時所得であるとみるべきであると主張する。そして「競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金はたとえその払戻を受けた者がいわゆる常連であつてもその所得は性質上一時的なものであるから、一時所得とする。」との国税庁長官通達(昭和二六年一月一日付「所得税法に関する基本通達について」一四三項)を援用し、本件清算取引による所得はその性質が臨時偶発的のものであり、従つてたとえ反覆継続してもその性質に変りはないと主張する。
しかしながら清算取引の所得と、競馬、競輪の払戻金とその性質が異なることは前に認定したとおりであるところ、旧所得税法第九条第一項第九号にいう「前各号以外の所得で営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」とは右前各号に規定する如き、所得源泉を有する所得以外の所得の趣旨と解すべきであり、従つて所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得でなく、又逆に右の如き所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。しかしながら或行為若しくは状態が所得源泉とみられるかどうかは、結局所得の基礎の源泉性、恒常性によつて区別するよりほかはない。従つて結局一時所得とは、鑑定人田中勝次郎(原審)、同須貝一(当審)の各鑑定の結果により認められる如くその所得が前各号に規定する定型的所得源泉を有する所得や、その他営利を目的とする継続的行為から生じたいわゆる所得源泉ある所得以外の所得を指すものであつて、右所得源泉の有無は、所得の基礎に源泉性を認めるに足る継続性、恒常性があるか否かが基準となるものと解するのが相当である。
従つて所得の基礎が所得源泉になり得ない臨時的、不規則的なものであれば、所得源泉と認められる程度にまで強度に連続するなら格別、たとえこれが若干連続してもその性質は一時所得としての性質に変りはないものであり、前記控訴人主張の通達はこの趣旨に理解すべきであるが、これに反し、一回的な行為としてみた場合所得源泉とは認め難いものであつても、これが連続して継続的行為となるに及んで所得源泉とみられるに至る場合即ち所得が質的に変化する場合のあることも否定することはできない。
(三) そこで本件清算取引による所得が右にいう源泉性を有するか否かにつき判断するに、右各鑑定人の鑑定の結果によると結局当該取引の回数、数量、金額、取引の種類、その他の状況に照し判断すべきところ、本件においては、前記認定の如き本件取引の回数、数量及び金額に照せば、ゆうに右は営利目的の継続行為と認められ、従つて本件所得はいわゆる所得源泉を有する営利を目的とする継続的な行為から生じた所得に該当するものということができる。
すると本件清算取引による所得は、かりに一回限りの行為としてみた場合或は一時所得となり得るかも知れないが本件の如く大量且反覆継続しているところからみれば、所得源泉ありと認められるのであつて、控訴人の主張する如く一時所得に当るとみることはできない。控訴人のこの点の主張は何れの点からみても理由がない。
六、以上によると控訴人のなした本件清算取引による所得は、旧所得税法第九条第一項第四号の事業所得と解され、従つて右事業所得のほかに別表(一)乃至(三)記載の金額の給与所得、農業所得、配当所得のあつたことについて争いのない本件においては、被控訴人のなした本件各行政処分(重加算税課税処分関係以外のもの)は適法なものであり、この点右各処分の取消を求める、控訴人の本訴請求部分は失当であり、これと同旨の原判決部分は相当である。
七、(一) 控訴人は、前記清算取引を架空名義をもつて仲買人に委託し、その利益及び被控訴人主張の配当所得を架空名義をもつて預金し、右隠ぺいしたところに基づきこれら所得の確定申告をしなかつた事実を認定することができるところ、その理由は原判決二一枚目表一三行目より二二枚目裏八行目までと同一であるから、ここにこれを引用する。
(二) 控訴人は、本件の如き清算取引による所得に関しては課税の実績がないと主張するが、証人久田重二郎(原審)の証言によると、昭和二七年、同二八年各年度において計三名(内一名は福井税務署管内)が人造絹糸、三品等の清算取引に関する所得について事業所得として課税された実績があることが認められ、同認定に反する証拠はない。また成立に争いのない乙第二七号証によると、控訴人は昭和二六、七年頃福井税務署員より清算取引による所得について申告するよう指導を受けた事実が認められ、同認定に反する証拠はない。控訴人の重加算税の課税要件が存在しないとする各主張は前認定に照し採用できない。
然らば別表(一)乃至(三)記載の金額による重加算税課税処分等の各行政処分は適法であり、同処分の取消を求める控訴人の本訴請求部分も失当であり、これと同旨の原判決部分は相当である。
第二、本件所得の性質確認の訴について
控訴人は、請求の趣旨第三項において、「控訴人が昭和三〇年四月一一日から同三二年三月二七日までの間福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において決済をした人造絹糸の差金取引による所得は旧所得税法第九条第一項第九号に該当する所得であることを確認する。」旨の確認訴訟を提起している。
しかしながら控訴人の右期間中における右商品取引所における清算取引に因る所得については、被控訴人より前記の如く更正等の処分がなされ、同処分において旧所得税法に規定する事業所得に当るものとして、税額が算出せられていることは当事者間に争いなく、従つて控訴人主張の右清算取引による所得に関しては、右行政処分によりその性質は事業所得であるとして、一応納付すべき税額が確定していることが明らかである。従つて控訴人は、本訴において、右処分内容と異なる、右所得の性質は一時所得であるとの確認を求めるわけであるから、公定力ある行政処分によつて形成された法律関係と異なる権利関係の確認を求めることに帰する。そして本訴の趣旨が、右行政処分そのものの取消ないしは無効確認を求めるわけでなく、又右行政処分が当然無効であるとして私人と国との対等当事者間における一般の権利関係の確認を求めるものでもなく(右行政処分が無効であるとの主張もなくまた無効事由たる重大且つ明白な瑕疵の存在についての主張もない)、結局請求原因事実に照せば、右所得の性質を事業所得と認定した前記行政処分の違法を主張し、その結果として一時所得であることの確認を求めんとするものであることが明らかである。従つて本訴は右行政処分の効力を争う抗告訴訟とみるべきであるが、このように行政処分の違法を主張し、その効果を攻撃、否定するには、端的に右行政処分の取消或は場合によつては無効確認訴訟を提起すべきであり、かかる訴訟が可能であるにも拘らずこれによらずして単に右行政処分が宣言した内容と異なる法律関係存否の確認を求めることは許されない。けだし右行政処分の内容と異なる法律関係存否確認の訴において勝訴しても右行政処分の効力には直接影響はなく、従つてまた私人の法律上の地位に直接の有利な影響なく紛争の解決方法としては適当でなく、確認の利益を欠くとみられるからである。本件では前記の如く控訴人は右確認訴訟とは別個に右行政処分の取消の訴を適法に提起している点からみても右確認を求める訴は不適法として却下を免れない。
よつて右確認の訴について請求を棄却した原判決部分を取消し、同訴を却下することとする。
第三、結論
以上により原判決を一部変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川力一 島崎三郎 井上孝一)
別表(一)
昭和三〇年分所得税
申告額
更正額
再更正額
(一) 総所得金額
五九五、四〇〇円
一、一八〇、一四〇円
一、一八〇、一四〇円
(一)の内訳
(二) 給与所得
五四七、五〇〇
五四七、五〇〇
五四七、五〇〇
(三) 事業所得
五五五、一四〇
(三)の内訳
農業所得
四七、九〇〇
四七、九〇〇
四七、九〇〇
営業所得
五〇七、二四〇
五〇七、二四〇
(四) 配当所得
七七、五〇〇
七七、五〇〇
(五) 所得税額
一一、二〇〇
二三二、九二五
二三二、九三〇
(六) 重加算税額
一一〇、五〇〇
一一〇、五〇〇
別表(二)
昭和三一年分所得税
申告額
更正額
誤びゆう訂正額
(一) 総所得金額
六八二、三〇〇円
三一、六〇三、九〇〇円
二九、〇七四、二〇〇円
(一)の内訳
(二) 給与所得
六三〇、〇〇〇
六三〇、〇〇〇
六三〇、〇〇〇
(三) 事業所得
三〇、九〇六、四〇〇
二八、三七六、七〇〇
(三)の内訳
農業所得
五二、三〇〇
五二、三〇〇
五二、三〇〇
営業所得
三〇、八五四、一〇〇
二八、三二四、四〇〇
(四) 配当所得
六七、五〇〇
六七、五〇〇
(五) 所得税額
三〇、二〇〇
一九、六三九、九八〇
一七、九九五、六八〇
(六) 重加算税額
九、八〇四、五〇〇
八、九八二、五〇〇
別表(三)
昭和三二年分所得税
申告額
更正額
再更正額
再々更正額
(一) 総所得金額
八〇九、四〇〇円
六、〇八二、八六一円
六、〇八二、八六一円
八、六二二、五六一円
(一)の内訳
(二) 給与所得
七五〇、〇〇〇
七五〇、〇〇〇
七五〇、〇〇〇
七五〇、〇〇〇
(三) 事業所得
五、三二五、三六一
七、八六五、〇六一
(三)の内訳
農業所得
五九、四〇〇
五九、四〇〇
五九、四〇〇
五九、四〇〇
営業所得
五、二六五、九六一
五、二六五、九六一
七、八〇五、六六一
(四) 配当所得
七、五〇〇
七、五〇〇
七、五〇〇
(五) 所得税額
三六、三一〇
二、三二三、七六〇
二、三三〇、五一〇
三、六九九、四九〇
(六) 重加算税額
一、一四三、五〇〇
一、一四七、〇〇〇
一、八五一、五〇〇
別表(四)
銀行名
預金の種類
預金者名義
(昭和三二年一二月末現在)
昭和三〇年一二月末現在残高
昭和三一年一二月末現在残高
昭和三二年一二月末現在残高
昭和三三年三月末現在残高
福井銀行佐佳枝支店
定期
田島安治外一四三名の架空名義及び無記名六口
一三、一八〇、〇〇〇円
四一、〇〇〇、〇〇〇円
四七、五〇〇、〇〇〇円
四八、〇〇〇、〇〇〇円
福井銀行本店
定期
藤井功外三名の架空名義
―
―
五、〇〇〇、〇〇〇
五、〇〇〇、〇〇〇
福井銀行三国支店
定期
伊藤君子
―
―
五〇〇、〇〇〇
五〇〇、〇〇〇
北陸銀行片町支店
信託
久保忠雄外一三名の架空名義
六、二〇〇、〇〇〇
一三、五〇〇、〇〇〇
一二、三〇〇、〇〇〇
一二、三〇〇、〇〇〇
〃
定期
宮下忠外七名の架空名義
―
一、五〇〇、〇〇〇
四、二〇〇、〇〇〇
四、二〇〇、〇〇〇
〃
普通
三好利雄名義
一三、〇九〇
一九、〇〇五
一九、四四二
―
合計
一九、三九三、〇九〇
五六、〇一九、〇〇五
六九、五一九、四四二
七〇、〇〇〇、〇〇〇
別表(五)
本件清算取引内訳表
1、差金決済分
区分
売約定
買約定
利益(円)
取引回数
取引数量(封度)
取引回数
取引数量(封度)
昭和三〇年
三六
六一、六〇〇
四五
七六、四〇〇
五〇七、二四〇
〃三一年
四八五
一、四九七、八〇〇
四六〇
一、四五五、五〇〇
二八、二四四、六五〇
〃三二年
一七〇
五五〇、〇〇〇
一九九
五七八、五〇〇
六、六九五、〇八六
計
六九一
二、一〇九、四〇〇
七〇四
二、一一〇、四〇〇
三五、四四六、九七六
原判決の別表(五)との関係
(一) 原審被告は別表(五)を主張で引用
2、現物引渡分
区分
売約定
仕入及び引渡数量(封度)
利益(円)
取引回数
取引数量(封度)
昭和三一年
八
三五、〇〇〇
五、〇〇〇
七九、七五〇
〃三二年
一
二、〇〇〇
三二、〇〇〇
一、一一〇、五七五
計
九
三七、〇〇〇
三七、〇〇〇
一、一九〇、三二五
別表(六)
本件取引委託先別内訳表
(株)畑中石一商店
中央織物商事(株)
西出商事(株)
大塚屋繊維(株)
江口商事(株)
売
買
売
買
売
買
売
買
売
買
昭和三〇年
六一、六〇〇
七六、四〇〇
〃三一年
外
八六八、七〇〇
八二六、四〇〇
四〇五、五〇〇
四〇五、五〇〇
一九五、六〇〇
一九五、六〇〇
二八、〇〇〇
二八、〇〇〇
三五、〇〇〇
〃三二年
外
三五〇、〇〇〇
三七八、五〇〇
一〇五、〇〇〇
一〇五、〇〇〇
二〇、〇〇〇
二〇、〇〇〇
七五、〇〇〇
七五、〇〇〇
二、〇〇〇
計
外
一、二八〇、〇〇〇
一、二八一、三〇〇
五一〇、五〇〇
五一〇、五〇〇
二〇、〇〇〇
二〇、〇〇〇
二七〇、六〇〇
二七〇、六〇〇
二八、〇〇〇
二八、〇〇〇
三七、〇〇〇
単位、封度(取引数量)
外数は現物引渡分